WAKU JEWELRY Blog

和久譲治のジュエリーブログ

 

ビーズ 国立民族学博物館・国立科学博物館 共同企画展

Beads in the Worldhttps://blog.hatena.ne.jp/blogwakujewelry/blog-https://blog.hatena.ne.jp/blogwakujewelry/blog-wakujewelry.hatenablog.jp/entrieswakujewelry.hatenablog.jp/edit?entry=17680117127200338079

 

古来、ビーズは「雨」の表象ですから、国立民族学博物館所蔵には民衆によって引き継がれてきた概念が宿った、興味深い品々があるはずだと思って見に行きました。以下の写真を見てください。クリムトの作品にもあふれていた「輝く雨」など、その背景に興味の湧く多くの資料に出合えました。解説もしたいのですが、会期がこの週末までです。とりあえず、写真を上げます。興味のあるお方はどうぞご覧ください。

 

 

f:id:blogwakujewelry:20190614205809j:plain

(1)首狩りに赴く戦士の護符;台湾、タイヤル族

 

タイヤル族が首狩りに赴く時の装飾品です。「雨粒」、「輝く雨」、そして「〇に十」雨による平衡です。首狩りに赴くのは「雨による平衡の女神」であることが解ります。

 

 

f:id:blogwakujewelry:20190621213951j:plain

(参照)

 

「平衡、水牛の角」、「平衡、Sheveron(ギザギザ線)」、「平衡、豚鼻」に捧げられた「頭蓋骨、死」。

「生命の誕生・豊穣」がバランスを取ります。

「首狩り」の意味の源流はここに辿れます。

f:id:blogwakujewelry:20190614205932j:plain

(2)仮面;カメルーン、バミレケ族

 

f:id:blogwakujewelry:20190505234146j:plain

(参照)

 

ひし形◇(輝く雨)(参照)、最近では、クリムトの絵にあふれ、皇室行事で 三種の神器天叢雲剣 (あまのむらくものつるぎ) (草薙剣 (くさなぎのつるぎ) )を包んでいたのもひし形紋」でした。形而下の文化史」では「Dovecot(鳩小屋)、Tarabados,Tinos(ティノス島、キュクラデス)」(参照)などに現れています。

 

f:id:blogwakujewelry:20190614210017j:plain

(3)玉飾り;鹿児島県徳之島

 

中央の、六角形に多数の(三角・△)が付いた表象は、(三角・△)が女神の意味で表象されていることをよく表しています。つまり「六芒星」は「ダビデの星」ではなく、「雨の花・雪」(参照)の意味であり、雨粒でできた花、そして上部の横に並んだ「女神」と併せ、「雨の女神の遍在」を表しています。鹿児島県徳之島に現れた、アイルランド、イベリア半島から伝播したBC3,000年頃からの概念です。地中海の海洋民が太平洋を北上したことが分かります。

 

アーカイブ

ワクジュエリー ブログ

 

今日のアトリエ; ジュエリー & アクセサリーメイキング(1)

 

f:id:blogwakujewelry:20170712205405j:plain

 

作業台の上が混乱を極めた夕方、やっと新作の金属原型が仕上がりました。ジュエラーの私がなぜこんなにも究極のアクセサリーを作りたいのか。原型作りは、一作創るごとに命を削ります。でも面白いんです!ジュエリーメイキングは確かな知識と技術を正確に積み上げる作業です。一方オリジナルアクセサリーメイキングはパズルのように、持てるすべての知識、技術、美意識を「テーマ」に集約する作業なのです。発注元の企画者の考え、販売員の希望、販売店の顧客文化、時代の流行、それらを考えたデザイナーのイメージや色彩、スケッチ、これらすべての諸条件を立体に作っていきます。ちょっとした線一本の仕上げ方や0.1mmの違い、とりわけ「丸みと直線のバランス」が、優しさや贅沢さ、上品さや厳粛さなどを表現します。そして、関わったすべての人にとって、イメージ以上の完成品になるように。

こうしたスタイルでアクセサリーを作るのは、ロンドンから帰ってからの仕事のせいだと思います。長年間続いた、ファッションショーや撮影用アクセサリーの仕事では、多くのデザイナーやスタイリスト、雑誌編集者に出会いました。「貝」、「地中海のブルー」なんて文字で書かれたデザイン画から製作することも、何度か経験しました。変わったところでは、銀座(株)コージアトリエの渡辺弘二さんのオートクチュール・ショー用の依頼でした。依頼されたイメージは「観音菩薩」。若かった私はイメージが湧かなかったので、モデルを使った仮縫いの現場で、床に座り込み、一気にデザインを描きました。

 広島県福山市にある日本履物博物館の展示用レプリカ「ツタンカーメンの黄金のサンダル等」は現物の詳細な測量図面や写真から、当時の工具や技術を考え出しながら仕上げました。興味深かった仕事です。

「世界蘭展」の図録用作品を創ったときには、造形的なスパイダー蘭に感動して作品に選びました。アクセサリーにとって「造形」は骨格のようなもので、どんなに装飾的なデザインにも、しっかりした「造形」をベースに考えています。だから、作品的なアクセサリーには、装飾的なものを脱ぎ捨てた「造形」が表面に現れます。アクセサリーの金属原型では裏側に造形美があらわれるように心がけています。裏側には建築物と同じように構造的な強度を考えるので、造形美を表現するのです。

f:id:blogwakujewelry:20170714220411j:plain

スパイダー蘭 和久譲治 ;欄の世界’92 読売新聞社

 

旧(株)鐘紡・リリー・エ・ダニエルのコンセプトメイキングはアンティーク・ジュエリーやヴィンテージ・アクセサリーの研究に没頭出来た、贅沢で、幸せな時間でした。(参照)

雑誌「vogue]のネックレスは、編集の方が「東京中を探しても物語風の記事用撮影に、イメージが合うものがない。」と困っておられ、イメージを聞き、僅か数日で完成させたものです。この時初めて、オリジナルアクセサリーに「プティコリエ」のブランド名を付けました。参照)

ア!忘れていた恥ずかしい思い出。森公美子さんが舞台で「タイタニック」を歌う時に着ける、「大きなサファイアのペンダントを頼まれて、映画を見に行きました。しかし、仕事を忘れ号泣し、失笑を買ったことがありました。サファイアは大きすぎて、ガラスの光沢に拘った私は、素材が見つけられず、モザイクの様にファセットを繋ぎ合わせました。大変でした。でも以後ガラスを自由に成型できる、簡単なテクニックを持つことになりました。アクセサリーメイキングのテクニックは作品の「テーマ」に合わせ、新しく考えます。これもアクセサリーメイキングの楽しいところです。

 懐かしく、楽しかった仕事の想い出が、次から次へと浮かんできます。

知識、技術、美意識を、好奇心を糧に磨き続けること。楽しいことです。

だから今も続けています。

 

ただ、今になって思います。ワクジュエリーメイキングスクール(ジュエリー教室)もいつまでも続けられません。こうした仕事をめざす人がもっと出て欲しい、作り上げた技術だけでなく、「考え方」を伝えたいのです。

クリムト展(東京都美術館) & 世紀末ウィーンのグラフィック(目黒区美術館)

 「ベートーヴェン・フリーズ」

 

f:id:blogwakujewelry:20190505203657j:plain

(1)「ベートーヴェン・フリーズ」(1901~2) グスタフ・クリムト:クリムト展図録

  「雨の女神」と「黄金の騎士」(参照・写真54への願い

 

東京都美術館で「クリムト展」が開かれています。クリムト」はじめとして「ウィーン分離派」に見られる表象は、まぎれもなく「形而下の文化史」で現在書いている「古代表象」です。(参照から始まり現在の記事までに、基本的なすべての「ウィーン分離派」に見られる表象は出てきています。)

 

クリムト自身は作品について何も語っていません。彼は作品とただ向き合うことを望んだそうです。私は「ベートーヴェン・フリーズ」に向き合ったとき、作品の完成度とテーマに圧倒されました。

まだ行かれていない方は、ぜひ足をお運びください。私はこの絵に出合い、何日も幸せに浸っています。

この絵のテーマは非常に解りやすく、強くてシンプルです。長くなりそうなので、「ベートーヴェン・フリーズ」についての私見は「形而下の文化史」・トピックスに書くことにします。ただ、その前に足を運んでいただきたいので、大切なポイントだけは、少し押さえておきたいと思います。

 

f:id:blogwakujewelry:20190505211256j:plain

 (2)「ベートーヴェン・フリーズ」(1901~2) グスタフ・クリムト:クリムト展図録

 

写真 (2)は「敵対する力」と題されています。比較的解釈が難しい場面です。ただ写真 (1)~(5)の展開の中で、さらに、あふれる表象を読み解けば、考えられる解釈は限定されます。頭に「生命の表象・渦巻(参照)」を持つ女神たちが苦しんでいます。原因は背後の禍々しい生き物たちですが、どうやら、それを生み出しているのは、全面右の妊婦のごとき女神のようです。なぜ女神だと分かるのか?それは彼女の腰布の表象はいずれも「平衡」を表しているからです。(参照) 目玉に見えるのは、絡んだ「二匹の蛇」に「雨」が入る表象で、コーカサス地方、北西イラン、アナトリア、シリアでよく現れています。「円筒印章」のところで詳しく説明する予定でしたが、コーカサス地方でギザギザ線の「sheveron(平衡)」を「蛇」とみなすようになった、メソポタミア文明以前からの表象です。どうやら「平衡の女神」はもはや「平衡(人間を含む自然界のバランス)」を保っていないようです。女神の背景に描かれた「輝く雨の表象」は歪み、崩れています。

 なぜ「平衡」が崩れているのか?それは「フリードリッヒ・フォン・シラー」の「歓喜に寄す」の一文に語られています。「時流が強く切り離したもの」つまり、シラーはユダヤ教成立時の理想から、それを受けたクリムトはさらに遡り、「雨による平衡の女神」を誰もが崇めた時代から、宗教、神学、権力体制、イデオロギーが次々と生まれ、人々は分断され続けたこと。分断された世界。(分断された時代、EUやどこかの大統領。そして権力と人々、悲しい現状です。)

 

それと、クリムトを突き動かしていた概念を知りたい方は、もう一つの素晴らしい展示会も見るべきです。

 

f:id:blogwakujewelry:20190505213018j:plain

(3)雨の女神

f:id:blogwakujewelry:20190505213055j:plain

(3)「shuveron(平衡)の騎士」 エディタ・モーザー 1910年度カレンダー;世紀末  ウィーンのグラフィック図録

 

「目黒区美術館」で開催中の「Graphics in Vienna around 1900(世紀末ウィーンのグラフィック)」展です。クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」を解釈するうえで重要な資料が、数多く展示されています。そして意外な「ウィーン分離派のグラフィック・デザイン」の始まりを知ることができます。

それと、「目黒区美術館」に行かれた方は、二階正面に置かれた二体の女神・頭部に表された「青色の雨の表象」を見落とさないでください。

又、東京都美術館に行かれた方は「ベートーヴェン・フリーズ」で一番重要な部分・  写真(4)を、決して見流さないでよく見てください。

 

f:id:blogwakujewelry:20190505220448j:plain

  (4)「ベートーヴェン・フリーズ」(1901~2) グスタフ・クリムト:クリムト展図録

f:id:blogwakujewelry:20190505235345j:plain

「輝く雨の表象」をもつ本からは、「手(雨の表象)」と「渦巻(生命の表象)」が現れている。(参照1)

  (参照2)

 クリムトは「雨による平衡の女神(ここでは雨・女神と平衡・黄金の騎士は別々に描かれています。)」に助けを求める女性に(写真・1)、自由になるためには盲目的な信仰でなく、人間を含めた自然界を理性的に理解することを求めています(啓蒙主義)。写真(4)

ベートーヴェンが読み、「第九」を書くことを願った「フリードリッヒ・フォン・シラー」の「歓喜に寄す」の真の意味を理解することを、ここでは描いていると考えられます。それが「手(雨の表象)」と「渦巻(生命の表象)」に現れていると思います。ただ、クリムトの絵は、「歓喜に寄す」の概念が生まれる以前の、「雨による平衡の女神」を描いていることが、「ウィーン分離派」の本質を見抜くことにつながると思います。( 「フリードリッヒ・フォン・シラー」の「歓喜に寄す」に出てくる「智天使」も、ユダヤ教に取り入れられた「イシュタル」であることは、「天空神」と「翼をもつ女神」の関係から、理解できます。参照)

 

人間を含む自然界は平衡(バランス・調和・豊穣)を取り戻し(きれいに整列した雨の女神達で表現しています)、女神の表象は「雲」と「雨」。

生命は発展する。

そして「歓喜」

 

f:id:blogwakujewelry:20190505222733j:plain

  (5)「ベートーヴェン・フリーズ」(1901~2) グスタフ・クリムト:クリムト展図録

 

 

f:id:blogwakujewelry:20190505234146j:plain

「輝く雨の表象」をまとう「黄金の騎士」;クリムト展図録

 

こちらの絵では、「黄金の騎士」はヘルメット、やり、馬具、全て「輝く雨」(参照)表象を持ち、「黄金の騎士」が「雨による平衡の女神」であることが分かります。

 

 

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」展

国立新美術館

 

f:id:blogwakujewelry:20190507205221j:plain

ヨーゼフ2世のモヌメント(ヨーゼフ2世の死後、彼の啓蒙主義などの功績を称えてフリーメイスンが出版した銅版画、ヨーゼフ2世とフリーメイスンの繋がりを示す。

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」展図録

 

図録では、フリーメイスンと古代エジプトに関係づけていますが、私はフリーメイスンとコーカサス地方だと考えています。コーカサス地方の山中に残されたピラミッドは、巨石文化へと繋がっていきます。フリーメイスンの初期の顔は「石工組合」ですね。「石を切り、石を曳き、石を積む」部族です。「フリーメイスン」や「Bertha Zuckerkandl(ベルタツッカーカンドル)」女史など「ユダヤ人(ウィーンの)」なくして古代表象をグラフィックデザインとして使った「ウィーン分離派」は存在しません。そしてユダヤ人もコーカサス地方の一部族です。

 ちなみに、2万6千年頃レバント地方からイランの方に、出アフリカをした部族のY染色体ハプログループは「G1」で、そのうちコーカサス地方で定住し、分岐したハプログループは「G2」です。ユダヤ人は「G2b」で、「G2a」が主に北ヨーロッパや西ヨーロッパに広がったのに対し、「G2b」はそれ以外にパキスタン、インド、東南アジア方面にもひろがっています。インダス文明の主な担い手だと考えています。このハプログループは「G2」の広がりを見れば、コーカサス地方の部族が、「黒海大洪水」や「プロト・インドヨーロッパ語族の到来」から逃れ、世界に広がったことが見えてきます。

© 2019 JOJI WAKU Blog. All rights reserved.