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和久譲治のジュエリーブログ

 

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今日のアトリエ; ジュエリー & アクセサリーメイキング(1)

 

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作業台の上が混乱を極めた夕方、やっと新作の金属原型が仕上がりました。ジュエラーの私がなぜこんなにも究極のアクセサリーを作りたいのか。原型作りは、一作創るごとに命を削ります。でも面白いんです!ジュエリーメイキングは確かな知識と技術を正確に積み上げる作業です。一方オリジナルアクセサリーメイキングはパズルのように、持てるすべての知識、技術、美意識を「テーマ」に集約する作業なのです。発注元の企画者の考え、販売員の希望、販売店の顧客文化、時代の流行、それらを考えたデザイナーのイメージや色彩、スケッチ、これらすべての諸条件を立体に作っていきます。ちょっとした線一本の仕上げ方や0.1mmの違い、とりわけ「丸みと直線のバランス」が、優しさや贅沢さ、上品さや厳粛さなどを表現します。そして、関わったすべての人にとって、イメージ以上の完成品になるように。

こうしたスタイルでアクセサリーを作るのは、ロンドンから帰ってからの仕事のせいだと思います。長年間続いた、ファッションショーや撮影用アクセサリーの仕事では、多くのデザイナーやスタイリスト、雑誌編集者に出会いました。「貝」、「地中海のブルー」なんて文字で書かれたデザイン画から製作することも、何度か経験しました。変わったところでは、銀座(株)コージアトリエの渡辺弘二さんのオートクチュール・ショー用の依頼でした。依頼されたイメージは「観音菩薩」。若かった私はイメージが湧かなかったので、モデルを使った仮縫いの現場で、床に座り込み、一気にデザインを描きました。

 広島県福山市にある日本履物博物館の展示用レプリカ「ツタンカーメンの黄金のサンダル等」は現物の詳細な測量図面や写真から、当時の工具や技術を考え出しながら仕上げました。興味深かった仕事です。

「世界蘭展」の図録用作品を創ったときには、造形的なスパイダー蘭に感動して作品に選びました。アクセサリーにとって「造形」は骨格のようなもので、どんなに装飾的なデザインにも、しっかりした「造形」をベースに考えています。だから、作品的なアクセサリーには、装飾的なものを脱ぎ捨てた「造形」が表面に現れます。アクセサリーの金属原型では裏側に造形美があらわれるように心がけています。裏側には建築物と同じように構造的な強度を考えるので、造形美を表現するのです。

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スパイダー蘭 和久譲治 ;欄の世界’92 読売新聞社

 

旧(株)鐘紡・リリー・エ・ダニエルのコンセプトメイキングはアンティーク・ジュエリーやヴィンテージ・アクセサリーの研究に没頭出来た、贅沢で、幸せな時間でした。(参照)

雑誌「vogue]のネックレスは、編集の方が「東京中を探しても物語風の記事用撮影に、イメージが合うものがない。」と困っておられ、イメージを聞き、僅か数日で完成させたものです。この時初めて、オリジナルアクセサリーに「プティコリエ」のブランド名を付けました。

 

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 VOGUE November2003 デザイン制作 和久譲治

 

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 VOGUE Desember2003

 

ア!忘れていた恥ずかしい思い出。森公美子さんが舞台で「タイタニック」を歌う時に着ける、「大きなサファイアのペンダントを頼まれて、映画を見に行きました。しかし、仕事を忘れ号泣し、失笑を買ったことがありました。サファイアは大きすぎて、ガラスの光沢に拘った私は、素材が見つけられず、モザイクの様にファセットを繋ぎ合わせました。大変でした。でも以後ガラスを自由に成型できる、簡単なテクニックを持つことになりました。アクセサリーメイキングのテクニックは作品の「テーマ」に合わせ、新しく考えます。これもアクセサリーメイキングの楽しいところです。

 懐かしく、楽しかった仕事の想い出が、次から次へと浮かんできます。

知識、技術、美意識を、好奇心を糧に磨き続けること。楽しいことです。

だから今も続けています。

 

ただ、今になって思います。ワクジュエリーメイキングスクール(ジュエリー教室)もいつまでも続けられません。こうした仕事をめざす人がもっと出て欲しい、作り上げた技術だけでなく、「考え方」を伝えたいのです。

和久コレクション(1)

 

 

キリスト騎士修道会十字章

 

 

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ガーネット、ロック・クリスタル(水晶)、silver


歴史

 

第1回十字軍で得た聖地エルサレムの防衛にため、1119年に「テンプル騎士団」(参照)が誕生します。1128年、教皇ホノリウス2世に認可され、国境通過の自由、課税の禁止、教皇以外への服従の免除などの特権を与えられた「テンプル騎士団」は、自前の艦隊までをもった、ヨーロッパや地中海で商業活動、金融活動を伴う勢力に発展していきます。国王をも凌ぐ財力とネットワークを恐れたフランス国王フィリップ4世は、騎士団の壊滅と、資産の略奪を計画し、1307年、騎士団の会員を逮捕します。フィリップ4世の影響下にあった教皇クレメンス5世は、公会議で騎士団の禁止を国王たちに求めました。

その時、ポルトガル王ディニス1世は、レコンキスタやポルトガル王国復興に貢献したポルトガルの「テンプル騎士団」を保護して、「キリスト騎士団」として再構成し、「テンプル騎士団」の資産、財産を継承させます。1318年、「キリスト騎士団」は創設されました。

 

大航海時代

 

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 キリスト騎士修道会大十字章 18世紀後半 銀 ガーネット 水晶

リスボン国立美術館蔵;ポルトガル 栄光の500年展(この展示を見て、リスボンに出かけました。)

 

711年以来ポルトガルの国土は、イスラム教徒に征服されていました。

1415年、レコンキスタ(キリスト教徒の国土回復運動)を終えたポルトガル王ジョアン1世は、ジブラルタル海峡を渡り北アフリカのセウタを攻略します。この戦いで武勲を立てたエンリケ王子(後にエンリケ航海王子と呼ばれる。)は騎士に選別され、1417年には キリスト騎士団の団長の座につきます。エンリケ航海王子は キリスト騎士団の財力を用い、イスラム教徒が独占していた金、香料を目指し、アフリカ西海岸を目指します。航海者を支援し、何度も探検隊を派遣したエンリケ航海王子のキャラベル船は、アフリカ南部にまで到達し、ポルトガル大航海時代の基礎を築きます。

1484年に団長の座に就いたのは、1492年にポルトガル王になったマヌエル1世でした。

マヌエル1世は、同じキリスト騎士団のヴァスコ・ダ・ガマに命じ、喜望峰を経てインドまでの回路を開きます。ヴァスコ・ダ・ガマは自らの紋章に、キリスト騎士団十字を入れています。

 

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 キリスト騎士団十字  wikipedia

 

さらにマヌエル1世は 1,500年に、ポルトガルの軍人であり、キリスト騎士団の探検航海士、ペドロ・アルヴァレス・カブラルに命じ、大西洋を西に、香辛料を目指し、インドに向かわせます。13隻の大船団は期せずして南アメリカ大陸(ブラジル)に至り、この地の領有を宣言します。その後さらに西に向かいインドを経て、世界一周の航路を開くことになります。ブラジルの領有は後に、写真に見られるスタイルの「キリスト騎士修道会十字章」の誕生を、宝石の供給で支えます。そして今まで観てきたように「キリスト騎士修道会十字」はポルトガル海軍と結びついています。

 

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 NRPサグレス、ポルトガル海軍大型練習帆船(エンリケ航海王子がザグレス岬に航海学校を設立したことに由来する)、エンリケ航海王子ゆかりの「キリスト騎士団十字紋章」が見える。

 

そして、このスタイルの「キリスト騎士団章」の誕生に関して言えば、一番重要な役割を果たしたのは「ポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルバァーリョ」だと考えます。彼は国王ジョゼ1世の信認を得て、ポルトガル王国総務大臣(1,750~1,777年)となり、財政改革や工業化のため、独裁的な権力をふるいます。カルバァーリョに独裁的な権力を与えた国王に不満を持った貴族は、ジョゼ1世暗殺未遂事件(1,758年)を起こします。カルバァーリョは関わった貴族を処刑し、国内やブラジルに多くの利権や領地を持つ「イエスズ会」を、関りがあるとして、ポルトガルから追放します。

ブラジルの領有をめぐってはオランダ、フランス、スペインと次々対立してきましたが、カルバァーリョが王国総務大臣に就任して間もなく、1,750年10月にスペインと結んだマドリード条約によって、現在のブラジル全土を領有することになります。カルバァーリョは国王支持者にブラジルの運営を任せ、商業政策を推し進めます。

 

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キリスト騎士修道会十字章  Museu Nacional de Arte Antiga

 

ここで注目したいのは、私のコレクションもリスボンのMuseu Nacional de Arte Antiga 」にある「キリスト騎士団章」もすべて、宝石の色から見るとブラジル南部リオグラデドスル州のアメジストと水晶が使われていることです。そしてこれらが作られたのは、

カルバァーリョの王国総務大臣在任期間と重なっていることです。(石留の技法からも証明できます。)

つまり、キリスト騎士団の団員がブラジルの運営に多く関わっていたか、又はブラジルの経済活動でブルジャージとなった商人が、名誉のためキリスト騎士団に入会したことを物語っています。

次はそのジュエリーの技法についてみていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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申し訳ありません。

和久コレクションの紹介が遅れています。もう少しお待ちください。

いつもの散歩道の 綺麗な秋が こころを ふくらませてくれます。

Go 何とか迷奏曲で リスクを取らなくても こころを喜びで満たせてくれます。

美しいものを見て 美しいところに身を置くことは ほんとうにしあわせです。

あとは美しいものを作り こころ美しいひとと 繋がりたいと 思うのです。

 

 

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 イチョウ葉の周りは 得意のブライトカット(洋彫り)です。

柄の部分の洋彫りは ロンドンで教わったdiamonnd cutで彫り上げています。(参照1)

(参照2)   これら洋彫りの実技に関しても近いうちに書きたいと思います。

 

 

萩の花

時々散歩に行く川沿いに、綺麗な白花の萩がさいていました。

思わず足を止め、見入ってしまいました。

 

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しかし、この綺麗な花が咲き誇る庭は荒れ、空き家というより廃屋に見えます。

花を育て、愛でていた住人はもういません。

 

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その時、静かな感情とともに、浮かんだことがあります。

ブログで、「和久コレクション」を紹介しよう。

旧(株)鐘紡の仕事(参照)や表参道のショップの為に、ヨーロッパでアンティークジュエリーやビンテージアクセサリーを探して廻りました。

その時、商品には難しいが、ジュエリー・アクセサリーの技術(参照)や背景の歴史に惹かれるものを「和久コレクション」として集めてきました。

もうそろそろ、次に大切にしてくれる人を探す時のようです。

 

一回目は18世紀半ばに、ポルトガルで作られた「Insignia of the Military Order of Christ」、つまり「キリスト騎士修道会十字章」にします。パリの「装飾博物館」や「リスボン国立美術館」では見られるものの、ほとんどは世界のコレクターにコレクションされアンティークショップには出回らないものです。

 

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次回、詳しい歴史や技術について説明をします。

 

 

 

 

 

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